聞詩堂は鎮西北岸に位置し、清代の道光年間に建てられ、三開間ホールがあり、殷寿彭、殷寿臻兄弟が住んでいた。 殷寿彭は道光22年( 1842年)にはジメチルの進士だが、同治の帝師だという。 殷寿臻は道光24年に進士し、編修の職が授けられた。 黎里の殷家兄弟二人は詩書の勉強に励んできて、ついに進士に受かった。ホールを「聞詩堂」と名付けられ、勉強工夫と出世の歴史を覚えさせる。